

No.40「冷遇」

男は食糧の買い出しの帰り、道端でぼろぼろになっていた野良たぬきと目が合った。
憐れなたぬきは顔をあげてしゃがみ込んだままで、ジタバタする元気すら残されていないようだった。
男はこのたぬきをどんな目に遭わせてやろうか考えて、実行に移すことに決めた。
弱々しく嫌がる野良たぬきを小脇に抱えて無理矢理連れ帰り、風呂場にぶち込んで熱湯をぶっかけた後は泡まみれにしてやった。
ゴム手袋をつけて、抵抗する力もない野良たぬきの頭を強引に押さえつけ、鼻や耳にも容赦なく熱湯をかける。
ゴシゴシとこする度に、
「ダヌッ…ダヌッ…！いやっし…やべでじ…！」
と騒ぐので手早く黙らせるためにスピードをあげてモチモチボディを無茶苦茶こすってやった。
赤くなった皮膚が擦り切れ、傷口に泡や熱湯が染みる痛みに野良たぬきが泣き叫ぶ。
「い゛だいじぃいいい！」
泡が目に入り、ジタバタしたいのも封じられたまま、茶色かった身体や服がみるみる変色し風呂場の床を濁った熱湯と赤い液体が流れていく。
しっぽどころか全身が濡れて呆然としているたぬきを連れ出して熱風を傷口の一点に集中し勢いよく吹きつける。
「あづゔゔじ！！あづい゛じぃいいい゛！」
水滴を飛ばそうとジタバタしようとするので強引に押さえつけ、隅々までアツアツにしてやった。
牛乳を拭いた布で拭きあげてやると、くさいし…！と騒ぐのでそのまま口元と鼻を包んで食卓まで連行する。
脱がされた汚い服は木で出来た四角い箱のぽっかり空いた穴に放り込まれ、野良たぬきからは見えなくなってしまった。
「や…やだし…何されるし…！」


「……し…」
きょろきょろする裸の野良たぬきを逃さないため幼児用のイスに縛りつける。
たぬきをこういう目に遭わせる時に便利なのでリサイクルショップで買ってきたものだ。
このイスの上で今までもたくさんのたぬきをあんな目やこんな目に遭わせてきた。
コンロに火をつけ、たぬきへの次なる仕打ちのための手順を進めていく。
落ち着かない様子で座らされた野良たぬきは何かに気がついたようだが、もう遅い。
腕ごと胴体を縛り付けているので、憐れなたぬきは首を動かすことしかできなかった。
湯気をたてるホカホカのうどんを野良たぬきの前に並べ、しばらく目の前に放置する。
野良たぬきはへの字口の端から涎を垂らし、お腹のたぬきはｷｭｳｷｭｳ鳴いて早く食べたいし…と訴えている。
野良たぬきはブンブンと首を振って、それでも目線をうどんの容器から離せずにいた。


未だグツグツと煮えたぎるうどんをゴム手袋をつけたまま箸ですくってやり、たぬきの口元に押し付けた。
「あ゛っ゛！！づいじぃいいい！」
首をイヤイヤと振って拒否しようとするので、強引に押し込む。
吐き出せないように両手で上顎と下顎を閉じて固定すると、鼻からするん！とうどんが飛び出た。
あまりに汚いので、箸をほっぺに突き立てるといっそう騒ぎ出す。
「いだい゛じぃぃいいい！だぬぎが何じたんだじぃ！」
泣きながらも怒る元気があるようで何よりだ。


「…だし…だし…」
生意気にも出し汁を要求してきたのでレンゲを持ってきてお望み通り口に押しつけてやった。
「もぉやだっじぃぃいいい！」
あんかけにしたので容易に熱を失わない出し汁で頬も口内も火傷し、たぬきは癇癪を起こし始めた。
防音設計になっているペット可のマンションなので、好きなだけ叫んでくれて構わなかった。


あまりにも騒ぎすぎて疲れたのか、すっかり意気消沈した野良たぬきの前に、プリンを差し出す。
「………し……」
プリンだけで、スプーンはない。
見たこともない食べ物の甘い匂いに火傷した鼻先をクンクンと動かすものの、
その場から動けない野良たぬきはプリンと同じようにプルプル震えている他なかった。
プリンは後でたぬきが寝てから食べるため、冷蔵庫に仕舞い直す。


その後は余韻に浸らせる間もないままにイスの拘束を取り外して再び小脇に抱えて洗面所に連れ出し、
「なんだし…？やだし…！」
戸惑う野良たぬきに甘くないクリームをつけた棒を口に突っ込む。
甘くもなく、清涼感の強いそれは、野良たぬきには刺激が強かったらしく、
「おえっし…おえぇし…！」
反射的にえづく野良たぬきの口に突っ込んだ棒を無理矢理動かして火傷した口内をズタズタにした後に、コップに入れた熱湯を含ませて口を閉じる。
「………！………！」
むせることもできず、歯磨き粉の混じった熱湯を口の隙間から噴き出すしかなかった野良たぬきはぐったりとしてしまった。


その後は何も敷かれていない物置部屋に裸のたぬきを転がす。
「ダヌッ…」
衣装ケースの角に頭をぶつけた野良たぬきが意識を失ったことを見届けてから部屋の明かりを全て落として鍵を閉じた。
夢の中でもションボリしてろ。



ーーー3日後。
野良たぬきはまだ家にいた。
「がえじてじぃ！なかまのところへ、がえじでじぃ！」
「遠慮するなよ」
「じでないじぃ！」
「外は危険だから、ずっとここで暮らすといいよ」
「ここの方がきけんだじぃ！」
「服もないのにこの寒さは危ないよ」
「たぬきの服どこやったんだし…」
「汚いから捨てちゃった」
「えっ…し…」



その頃、連行されたたぬきの仲間たぬき達はというと。

「あいつ見かけないし…」
「どこ行ったんだし…」
「今ごろ泣いてないかし…」
「きっと拾われていったんだし…」
「ならいいし…」

割と仲間思いだったので、連行たぬきは結構必死に探してもらえていたが、お腹も空いたし、途中で雨も降ってきてしっぽも濡れたので、やがて諦められ捜索は打ち切られていた。



「出たいし…おそとに出たいし…」
足にすがりついて懇願するたぬきは、とにかく必死だった。
「はだかでもいいし…もうここはやだし…」
もはや脱出したい一心で、後先は考えていないようだった。
男は少し思案して、たぬきの要望に応える事にした。
「わかったよ。出してやるよ」
「ほんとし…？」


準備を済ませた男はたぬきのしっぽを掴んで逆さ吊りにし、普段はカーテンで遮られたガラスの引き戸へ向かう。
カーテンを開け、ガラス戸を開く。ひんやりとした空気が流れ込んでくる。
「はなじでじ…そっちからもおそと出れるし…？」
たぬきの疑問には答えず、振り子運動で勢いをつけてから手を離す。
ベランダに放り出されたたぬきは頭から落下し、呻き声をあげた。
「ギュウッ…」
「そーれっ！」
すかさず、氷水の入ったバケツを両手で抱えて中身を放るようにぶち撒ける。
裸の上に氷水をぶっかけられた野良たぬきは、
「いててし…ダヌゥゥゥ…！？」
想定外の仕打ちに驚き、うつ伏せのままジタバタを始めた。
日頃からまともに食べさせてもらっていないので、弱々しい悲鳴しか出せなかった。
がくがくがくがく！
服を着ていない身体に氷水を浴びせられた身体は一気に収縮するが、生命活動を止めるわけにもいかず、熱を産生するためにたぬきの身体は異常なほどに震え始める。
歯の根が合わず、かちかちかち！と上下し始め、
まるでたぬきの周りだけ地震が起きたようだった。
たぬきはのっそりと立ち上がると、周りには壁しかないベランダを見渡して、話が違うと言いたげに男の姿を探した。
透明な壁を隔てた向こうに、男は腕を組んで佇んでいる。
すでにガラス戸は閉じられ、鍵は閉められていた。
「いれでじ…！じんじゃうじ…！」
先程の主張を一転させ、ガラス戸をモチモチと叩いて涙ながらに訴えるたぬきを眺めながら、男はうんうんと頷いていた。
しかし冷水を浴びた全裸に吹き付ける風の冷たさに立っていられず、たぬきは諦めてしっぽを抱いて顔を埋め、丸くなるしかなくなった。
コンクリートの床は容赦なく熱を奪うため、しっぽを下敷きにする格好となる。
「じぬじぬじぬ…！じんじゃうじ…！」
尋常でない速度でガクガクと震え続けるたぬきをこのまま放置すれば、朝を待たずに冷たくなって死んでいることだろう。
一方のたぬきは、あまりにむごい仕打ちに嘆きながらも。
「これで…らくに…なれるし…」
地獄からの解放が近づいてきたことを受け入れて意識は少しずつ、死の淵へと落ちていった。



「はっ…し！？」
そして次に目を覚ました時。
いつもの物置部屋の天井が、眼前に広がっていた。
たぬきは五体の無事を確かめるように自分の身体をぺたぺたと触り回す。
この状況においては、全くと言っていいほど嬉しくなかった。
「な、なんでし…たぬき、まだ生きてるし…？」
あの寒さでは凍傷でしっぽがちぎれたり手足がもげても不思議ではなかった。
それが原因か、極寒の中を裸で過ごすことで生命活動が止まる事を“期待”していたたぬきは、自身がまだ生きていることに心底ガッカリした。
不意に、身体がぶるっと震える。
建物の中にいるはずなのに、寒気が止まらない。
鼻水も勝手に垂れてきて不快な事この上なく、
身体は気だるく起き上がれそうになかった。
「さむーし…さむーーし…」
ぶるっと震え、ゴワゴワの痩せたしっぽを抱きしめる。
たぬきは意識を失ってから回収されたが、それまでに風邪をひいてしまっていた。　
「起きたか」
部屋のドアが開けられ、男が短く言った。
逆光で表情は窺えないが、笑っているような気がした。
安堵ではなく、加虐心を含んだ笑い。

「今日はお前にぶち撒けた氷水と一緒に冷凍したうどんを食わせてやるからな」
聞くだけで身の毛がよだつ献立に、たぬきは泣きそうな顔で口のへの字を強くして首を左右に振り、拒否の意を示した。

「中途半端は嫌いなんだ。お前の命を使い切るまで、責任持って最後まで飼うから」
「やっ、やだぁあああ゛あ゛じ…！」
たぬきの絶叫が、防音ガラスに囲まれた室内に響いた。


その後、このたぬきの元気な姿を見たものはいないという。

オワリ

